【「山線鉄橋」見学記〈1〉】

このたび、大学時代の友人3人と2泊3日の日程で古希親睦旅行に行って来た。1日目の宿泊地が偶然にも国立公園内の支笏湖だったので、以前から見たかった「山線鉄橋」を見学してきた。この「山線鉄橋」は、明治32年に北海道官設鉄道上川線に〈第一空知川橋梁〉として空知川に架けられていたものが、大正12年に王子製紙の専用軽便鉄道の鉄橋として現在の場所に移されたもので、英国製ダブルワーレントラス橋である。この軽便鉄道は、明治41年から昭和26年まで運行しており、〈山線〉という名は、苫小牧から日高方面海沿いに走っていた鉄道を〈海線〉と呼び、支笏湖方面に走っていた鉄道を〈山線〉と呼んでいたことに由来する。大正11年頃からは一般旅行者も軽便鉄道の便乗を許されたが、資材運搬を目的に運行していたため,切符の裏には『人命の危険は保証せず』と書かれていたと言われている。昭和26年8月、急速に進んだ道路整備により軽便鉄道が廃止され、「山線鉄橋」も鉄道橋の役目を終えた。その後、昭和42年に支笏湖のシンボルとして王子製紙から千歳市に寄贈され、道路橋・歩道橋として長年利用されてきた。老朽化の著しかった橋は、市が平成7年から3年間にわたる解体修復工事を行い、再生された。生まれ変わった「山線鉄橋」は、平成19年11月に『洋紙の国内自給を目指し北海道へと展開した製紙業の歩みを物語る近代化産業遺産群』として経済産業省の“近代化産業遺産”に認定され、さらに、平成30年11月には、その工学的、歴史的な価値が評価され、土木学会の〔選奨土木遺産〕に認定された。

●支笏湖温泉にある「展示休憩室」①(中に“山線軌道”の資料が展示されている)P9090008.JPG
●支笏湖温泉にある「展示休憩室」②P9093304.JPG
●支笏湖温泉にある「展示休憩室」③P9090005.JPG
●支笏湖温泉にある「展示休憩室」④P9090001.JPG
●支笏湖温泉にある「展示休憩室」⑤P9093301.JPG
●支笏湖温泉にある「展示休憩室」⑥P9090002.JPG
●支笏湖温泉にある「展示休憩室」⑦P9093301.JPG
●支笏湖温泉にある「展示休憩室」⑧P9093302.JPG
●支笏湖温泉にある「展示休憩室」⑨P9093306.JPG
●支笏湖温泉にある「展示休憩室」⑩P9093300.JPG
●支笏湖温泉にある「展示休憩室」⑪P9093299.JPG
●支笏湖温泉にある「展示休憩室」⑫P9090004.JPG
●支笏湖温泉にある「展示休憩室」⑬P9090003.JPG













ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント