テーマ:サボ

〔マイコレクション246〈レプリカサボ〉釧路行(標茶-釧路急行)&根室標津行(標茶-根室標津普通)〕

今回紹介するのは、かつて急行「しれとこ」で使用されていた「サボ」の「レプリカ」である。特に「根室標津行」の「JR標津線」(標茶―根室標津間〈69.4㌔〉&中標津―厚床間〈47.5㌔〉)は、平成元年4月30日に全線が「廃止」された。 ●釧路行(標茶―釧路 急行)の「レプリカサボ」 ●根室標津行(標茶―根室標津 普通)の「レプリカサ…
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〔マイコレクション178 急行「大雪」予備用サボ〕

今回紹介するのは、急行「大雪」の「予備用サボ」である。この列車は、昭和26年4月に「大雪」としての列車愛称が与えられた。その後、昭和43年10月1日のダイヤ改正に伴い、石北本線経由の急行「石北」、「あばしり」、「はまなす」、「オホーツク」の各列車が「大雪」に統合された。さらにその後、平成4年3月14日に夜行急行列車「大雪」が特急「オホー…
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〔マイコレクション143 「札幌行」サボ〕

今回紹介するのは、「札幌駅行」の「サボ」である。「札幌駅」は函館本線にある駅で、明治13年11月28日に「官営幌内鉄道」の「手宮―札幌間」の開業と共に「札幌仮停車場」として設置された。現在は、「駅の規模」や「1日乗降客数」など北海道一で、日本でも有数の駅である。ちなみに、この「サボ」は実際に使用されたものである。
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〔マイコレクション142 「帯広⇔大正」サボ〕

今回紹介するのは、「帯広駅⇔大正駅間」の「サボ」である。「大正駅」は、「旧国鉄広尾線(帯広駅―広尾駅・84㌔)」にあった駅で、昭和62年2月2日の「広尾線廃線」に伴い廃駅となった。この駅は、昭和4年9月2日に「国鉄広尾線」の「帯広駅―中札内駅間」の開業に伴い「幸震駅」として開業、昭和19年4月1日に「大正駅」に改称された。廃止時点のホー…
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〔マイコレクション93 北海道内「サボ・コレクション」〕

今回紹介するのは、㈱トミーテックから1個定価300円で発売された「サボ・コレクション」である。この「サボ・コレクション」には、全国各地のその時代を代表する主要列車の「サボ」が入っている。また、「サボ」は実物の質感を再現したステンレス製で、両面焼付塗装の10分の1の大きさである。ちなみに、この「サボ・コレクション」はその中から北海道関係の…
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〔マイコレクション83 車内用サボ「岩内行」〕

今回紹介するのは、今は無き「国鉄岩内線」で実際に使用されていた「岩内行車内用サボ」である。この「サボ」の終着駅「岩内駅」は、大正元年11月1日に鉄道院「岩内軽便線」の小沢駅―岩内駅間開通に伴い開業した一般駅であった。しかし、昭和60年7月1日、「国鉄岩内線」の廃線に伴い廃駅となった。ホームは、単式ホーム1面1線を有する地上駅で、駅舎は鉄…
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〔マイコレクション79 「滝川」行サボ〕

今回紹介するのは、「滝川」行の「サボ」である。この「サボ」の終着駅「滝川駅」は、明治31年7月16日に「北海道官設鉄道(後の国鉄)」上川線の駅として開業した。現在は、JR北海道の主要駅の一つで、「函館本線」を所属線としており、当駅を起点とする「根室本線」を加えた2路線が乗り入れてる。ホームは、単式ホーム1面1線と島式ホーム2面4線で、合…
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〔マイコレクション69 「厚内行」サボ〕

今回紹介するのは、根室本線「厚内行」の「サボ」である。この「サボ」は、下り251普通気動車「厚内駅発6:34―釧路駅着7:59」のみの運行に、実際に使用されたものである。「厚内駅」は、明治36年12月25日「北海道官設鉄道」の「浦幌―音別間」開業に伴い設置された一般駅である。昭和59年12月1日「簡易委託駅」となり駅員がいなくなり、平成…
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〔マイコレクション68 上野駅開業百周年記念「上野驛行」サボ〕

今回紹介するのは、昭和58年7月28日に開業100周年を迎えた「上野駅」の「記念サボ」である。この「サボ」は、表が「上野驛行」で裏が「上野驛―熊谷驛間驛名」が書かれている。大きさは、縦8.3cm・横60cmの鉄板製である。
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〔マイコレクション64 東京・鉄道博物館ポスター「戦前の行先標(サボ)切抜きバネル」〕

今回紹介するのは、今は無き東京の「鉄道博物館」が、昭和50年代にPRのため全国の博物館施設等に送付した「ポスター(館所蔵資料写真掲載)」の1枚で、「戦前の行先標(サボ)写真」を切抜き、「パネル」にしたものである。この「戦前の行先標(サボ)」は、まだ「京浜東北線」が「京浜線電車」といっていた頃の実物大写真である。ちなみに、「サボ」とは“サ…
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〔マイコレクション63 「函館―大沼」サボ〕

今回紹介するのは、「函館―大沼」の「サボ」である。この「サボ」の終着駅「大沼駅」は、明治36年6月28日、「北海道鉄道」の「本郷駅(現函館本線・渡島大野駅・北海道新幹線新函館駅〔仮称〕建設地)―森駅間」延伸開通に伴い開業した。その後明治40年7月1日、「北海道鉄道」の国有化により「官設鉄道駅」となり、明治42年10月12日、線路名を「函…
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〔マイコレクション54 寝台特急「北斗星」レプリカ客車用テールマーク〕

今回紹介するのは、寝台特急「北斗星」の「レプリカ客車用テールマーク」である。寝台特急「北斗星」は、JR北海道・JR東日本・いわて銀河鉄道・青い森鉄道が、「青函トンネル」が開業した昭和63年3月13日に初めて東京と北海道を乗り換えなしで直行する列車として運行を開始した。「運行ルート」は、上野駅―札幌駅間を東北本線―いわて銀河鉄道線―青い森…
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〔マイコレクション53 急行「天売」ミニ愛称板〕

今回紹介するのは、急行「天売」の「ミニ愛称板」である。急行「天売」は昭和54年6月1日、札幌駅―(函館本線)―深川駅―(留萌本線)―留萌駅―(羽幌線)―羽幌駅間を運行した。その後、列車編成等いろいろ変遷があったが、昭和61年8月18日に廃止となった。また、「羽幌線」はその1年後の3月に廃線となった。ちなみにこの「ミニ愛称板」は、鉄道ファ…
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〔マイコレクション52 急行「ニセコ」レプリカ(?)愛称板〕

今回紹介するのは、急行「ニセコ」の「レプリカ(?)愛称板」である。急行「ニセコ」は、昭和43年10月1日のダイヤ改正(俗にいうヨンサントオ)まで函館駅―札幌駅間を函館本線経由で結んでいた急行「ていね」を改称した列車である。列車編成は、「スハ43形」の北海道形の「スハ45形」を中心とした一般客車(旧型客車)で編成を組み、長万部駅―小樽駅間…
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〔マイコレクション45 「SL冬の湿原号2010」サボ〕

今回紹介するのは、冬期間釧路湿原を運行している「SL冬の湿原号」の「2010サボ」である。この列車は、JR北海道が釧網本線釧路駅―川湯温泉駅間にて平成12年1月8日から運行している蒸気機関車牽引による「臨時列車」である。これに使用されている蒸気機関車は、旭川運転所に所属する「C11171」または「C11207」のどちらかで、時に2両によ…
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〔マイコレクション44 「SL函館大沼号2008」サボ〕

今回紹介するのは、今年も運行が予定されている「SL函館大沼号」の「2008サボ」である。この列車は、平成13年4月28日よりJR北海道が主にゴールデンウィーク時期と夏休みの期間限定で函館本線函館駅―森駅間を運行している蒸気機関車牽引による「臨時普通列車」である。これに使用されている蒸気機関車は、旭川運転所に所属する「C11171」または…
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〔マイコレクション43 さよなら寝台特急「日本海」レプリカ愛称板&走行写真〕

今回紹介するのは、大阪駅―青森駅間(一時期函館駅まで延伸)を「日本海縦貫線経由」で運行していた寝台特急「日本海」の「さよなら運転記念グッズ」である。これは、平成24年3月17日のダイヤ改正により、定期運行を終え臨時列車となった寝台特急「日本海」のさよなら運転で発売された記念グッズのうちの「レプリカ愛称板」と「走行写真」の2点である。
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〔マイコレクション42 ミニサボ(4枚)〕

今回紹介するのは、函館駅キヨスクで購入した「ミニサボ(4枚)」である。この「ミニサボ」は、昭和63年廃線になった「松前線」と昭和62年廃線になった「瀬棚線」を走っていた「急行松前」、「急行せたな」、「松前行普通列車」の4枚の「ミニサボ」である。ちなみに、大きさは縦3㌢・横12㌢で材質は本物と同じである。
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〔マイコレクション41 快速「海峡」レプリカ客車用テールマーク〕

今回紹介するのは、快速「海峡」の「レプリカ客車用テールマーク」である。快速「海峡」は、昭和63年3月13日の「青函トンネル開業」により登場した函館駅―青森駅間を上・下12本、約2時間30分で結んでいた快速旅客列車である。その後、平成14年12月1日の「東北新幹線」八戸駅延伸に伴うダイヤ改正で、八戸駅―青森駅―函館駅間の輸送体系が見直され…
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〔マイコレクション40 車内用サボ「渚滑行(名寄経由)」〕

今回紹介するのは、今は無き「名寄本線」を走っていた「「渚滑行」の「車内用サボ」である。「名寄本線」は、大正8年10月20日名寄―下川間が「名寄線」として開業、その後延伸され、大正12年11月5日「名寄本線」と改称された。さらに昭和7年10月1日「湧別線」の遠軽―下湧別間を「名寄本線」に編入し、名寄―下湧別間が「名寄本線」となった。しかし…
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〔マイコレクション36 「岩見沢⇔余市」サボ〕

今回紹介するのは、「岩見沢⇔余市」間の「海水浴臨時列車」に使用されていた「サボ」である。昭和40年代から50年代にかけては、道内各地の有名海水浴場に「海水浴列車(臨時も含む)」が何本も運行されていたのである。この「サボ」は、本来の「サボ」の上に白い紙を貼り、書き直したものである。
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〔マイコレクション32 急行「摩周」レプリカ(?)愛称板〕

今回紹介するのは、急行「摩周」の「レプリカ(?)愛称板」である。急行「摩周」の前身は、昭和33年6月1日から9月30日まで釧路駅―川湯駅間の臨時ディーゼル準急として2往復運行されたのが最初である。翌34年5月11日に、定期準急「第1摩周」、不定期準急「第2摩周」が各1往復運転開始され、さらに翌35年4月1日に不定期準急が定期準急に格上げ…
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〔マイコレクション30 急行宗谷「名寄⇔函館(小樽経由)」レプリカ(?)サボ〕

今回紹介するのは、昭和36年10日1日に急行列車として函館駅―稚内駅間で運行された急行「宗谷」(詳細については、以前書いたブログを参照のこと)の名寄駅切り離し車両の「名寄⇔函館(小樽経由)」の「レプリカ(?)サボ」である。この車両は平成4年7月1日、急行「宗谷」3号・4号を急行「サロベツ」として分離、4両編成のうち最後部車両を名寄駅で切…
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〔マイコレクション29 寝台特急「日本海」ミニヘッドマーク〕

今回紹介するのは、大阪駅―青森駅間(一時期函館駅まで延長)を日本海縦貫線経由で運行し、平成24年3月17日のダイヤ改正で定期運行を終えた(現在は臨時列車として運行)、寝台特急「日本海」(詳細については、以前書いたブログを参照のこと)の「ミニヘッドマーク」である。ちなみに、大きさは直径29㌢の鉄板製である。
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〔マイコレクション28 「豊浦行」サボ〕

今回紹介するのは、準急「ちとせ」または急行「ちとせ」に使用された「豊浦行」のサボである。「ちとせ」は、昭和34年9月22日に準急として札幌駅―室蘭駅間で運行された。同年12月15日東室蘭駅―虻田駅(現洞爺駅)間で増発、さらに昭和37年12月1日、一部列車が普通列車として洞爺駅―豊浦駅間に延長された。その後、昭和41年3月5日に急行に格上…
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〔マイコレクション22 「函館―稚内(小樽経由)」レプリカ赤サボ〕

今回紹介するのは、急行「宗谷」で使用されていた珍しい「赤サボ」のレプリカである。急行「宗谷」は、昭和35年7月1日に準急「宗谷」として札幌駅―稚内駅間で運行開始し、札幌駅―旭川駅間では「オホーツク」を併桔していた。翌昭和36年10月1日に急行列車となり、函館駅発着で運行されるようになった。昭和39年10月1日から単独運転となり、長万部駅…
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〔マイコレクション⑲ 「(宗谷線廻り)稚内棧橋行」オリジナルサボ〕

今回紹介するのは、「稚内棧橋行」のオリジナルサボである。「稚内棧橋駅(昭和13年10月1日設置)」から出ていた「稚泊航路」は大正12年から昭和20年まで、稚内と樺太(現サハリン)の大泊(現コルサコフ)を結んでいた「鉄道連絡船」である。線路はかつて、稚内駅(当時は稚内港駅)から先、現在北防波堤だけが残る「稚内棧橋駅」まで延びていて、「凾館…
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