367 国鉄函館本線を2度走った3両の蒸気機関車~D52形⇒C62形へ~。

「C62形蒸気機関車」は改造車とはいえ、国鉄技術陣の総力を結集した日本最大、日本最速の機関車として誕生した。昭和23年1月に山口県の日立製作所笠戸工場で1号機が完成し、計49両の仲間が作られた。D52形蒸気機関車が戦時中、“決戦機関車”と呼ばれたのに対比していえば、この、C62形蒸気機関車は戦後の“平和機関車”といえよう。ちなみに、その17号機は昭和29年、木曽川鉄橋で狭軌鉄道の蒸気機関車としては世界最高速度とされる129㌔を記録したことで知られる。このように、本州でのC62形蒸気機関車の活躍は華々しかったが、長くは続かず、昭和31年11月、東海道本線が全線電化されたのに続き、山陽本線も電化工事が進展、特急牽引機は戦後の傑作電気機関車EF58形にとって代わられ、C62形蒸気機関車は次第に行き場を失ってきた。そのような中で、国鉄はいまだにD51形蒸気機関車が急行を引く函館本線の“函館―小樽間”に着目、余剰のC62形蒸気機関車数両を線路規格の低い同本線でも走るよう動輪軸重を軽くして送り込むことを決めた。なお、D51形蒸気機関車が引く急行は、“函館―札幌間”を6時間要するが、C62形蒸気機関車だと5時間台で結ぶことができるという。そして、昭和31年から翌年にかけて、2号・3号・27号・30号・32号・42号・44号の7両が北海道にやってきた。ちなみに、戦中から戦後にかけて長万部機関区に所属していたD52形蒸気機関車の30両のうち、49号機はC62形蒸気機関車27号機に、152号機はC62形蒸気機関車30号機に、112号機は後に広島県の糸崎機関区から移ってくるC62形蒸気機関車15号機に、それぞれ改造されて北海道に戻ってきた。つまり、これら3両は、形式・姿を変えて函館本線を2度走ったことになる。

●D52形蒸気機関車112号機からC62形蒸気機関車15号機に改造P4050386.JPG

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