398 国鉄青函船舶鉄道管理局主催の「夏休みファミリー連絡船の旅」。

本州と北海道を結ぶ動脈の役割を担った国鉄青函連絡船は、貨物が昭和46年に855万3033㌧、旅客が昭和48年に利用者498万5695人を数え、それぞれピークを迎えたが、飛行機とフェリーの利用増加、国鉄の鉄道利用客(旅客と荷主)の減少などの要因により、昭和49年以降は利用が減少傾向に転じ、“国鉄離れ”に歯止めが効かず閑散としていた。それでも、弘前・函館の観桜と時期が一致する5月のゴールデンウイーク、青森ねぶたや函館港まつりの行われる8月の旧盆、年末年始などの最多客期には超満員となり、臨時便(臨時客扱)の運航があったが、通常期の利用状況は悪かった。そのため国鉄青函船舶鉄道管理局では集客の一環として、函館市民を対象とした「連絡船下北半島巡りツアー」や親子を対象とした「夏休みファミリー連絡船の旅」等のツアーを実施したが、所詮、焼け石に水であった。そして、昭和63年3月13日の青函トンネル開業に伴い、同日をもって青函航路の通常運航が終了し、80年の歴史に幕を下ろし、“青森―函館間”の連絡は青函トンネルにゆだねられたのである。

●昭和50年代の後半に実施された「夏休みファミリー連絡船の旅」PA050111.JPG

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